親を亡くしたとき|悲しみ、後悔、家族の変化と向き合うために
親を亡くすことは、多くの人にとって人生の中でも大きな節目になります。
年齢を重ねれば、親との死別はいつか訪れるものだと頭では理解していても、実際にその時を迎えたときの気持ちは、それほど単純ではありません。
深い悲しみを感じる人もいます。
「もっと会いに行けばよかった」
「もっと話を聞けばよかった」
という後悔を抱く人もいます。
一方で、長い介護や複雑な親子関係があった場合には、悲しみと同時に安堵や戸惑いを感じることもあります。
どの感情が正しい、間違っているということではありません。
親を亡くしたときのグリーフは、その人と親との関係そのものを映します。
だからこそ、他人と比べず、自分なりの悲しみ方を大切にすることが必要です。
1|親を亡くすということ
親は、人生の初期から存在している人です。
一緒に暮らしていた期間が長い人もいれば、成人後は離れて暮らしていた人もいるでしょう。
親子関係が良好だった人もいれば、長年距離があった人もいます。
それでも親の死は、
「自分を知っている人が一人いなくなった」
という大きな感覚につながることがあります。
子どもの頃の自分。
家族で過ごした時間。
実家。
季節の行事。
親からかけられた言葉。
そうした記憶が一気によみがえることがあります。
親との死別は、
現在の親を失うだけでなく、自分の過去の一部を失ったように感じることもある出来事
なのです。
2|年齢に関係なく悲しんでよい
親を亡くしたとき、
「もう自分も大人なのだから」
「親も十分長生きしたのだから」
と、自分の悲しみを抑えようとする人がいます。
しかし、親を失った悲しみに年齢は関係ありません。
自分が20代でも、
50代でも、
70代でも、
親は親です。
亡くなった親が高齢だったとしても、
「十分生きたから悲しくない」
とは限りません。
死が予想できていた場合でも、実際にその人がいなくなることは別の出来事です。
覚悟していたことと、悲しまないことは同じではありません。
3|さまざまな感情が同時に現れる
親との死別では、一つではなく複数の感情が同時に出てくることがあります。
悲しみ
「もう会えない」という事実に強い悲しみを感じることがあります。
寂しさ
頻繁に会っていなかったとしても、
「電話しようと思ったら、もういない」
という瞬間に強く寂しさを感じることがあります。
後悔
親との死別で特に多いのが、
「もっと何かできたのではないか」
という思いです。
怒り
病気、事故、医療、家族、自分自身、場合によっては亡くなった親に対して怒りを感じることもあります。
安堵
長い介護や闘病があった場合、
「もう苦しまなくていい」
「介護が終わった」
という安堵を感じることがあります。
何も感じない
悲しいはずなのに涙が出ない。
亡くなった実感がない。
淡々と手続きを進めている。
こうした反応もあります。
どの感情も、すぐに評価する必要はありません。
4|「もっとできたはず」という後悔
親を亡くした後、
「もっと頻繁に帰ればよかった」
「最後の電話に出ればよかった」
「もっと優しくすればよかった」
「病気にもっと早く気付けばよかった」
など、過去を繰り返し考えることがあります。
しかし、当時の自分には、
仕事。
子育て。
家庭。
経済的な事情。
距離。
自分自身の生活。
さまざまな制約があったはずです。
亡くなった後の視点から過去を見ると、
「こうすればよかった」
と思えることは増えます。
それでも、当時の自分は当時の状況の中で判断していました。
後悔を完全になくすことは難しくても、
過去の自分を現在の自分だけで裁かないこと
も大切です。
5|親子関係が良好ではなかった場合
親を亡くしたすべての人が、
「大好きな親を失った」
というわけではありません。
親との関係が長年悪かった。
疎遠だった。
傷つけられた経験がある。
ほとんど交流がなかった。
という人もいます。
その場合、
「悲しくない自分は冷たいのではないか」
と悩むことがあります。
また反対に、
「嫌いだったはずなのに、なぜこんなに悲しいのか」
と戸惑うこともあります。
親子関係が複雑だった場合、その死によって、
「もう関係を修復する機会がなくなった」
という別の悲しみが生まれることもあります。
悲しみが強くても、
悲しくなくても、
怒りが残っていても、
それだけで人間性を判断する必要はありません。
6|介護をしていた人のグリーフ
長期間親を介護していた場合、死別後には特有の変化があります。
介護中は、
食事。
服薬。
通院。
排泄。
入浴。
見守り。
施設との連絡。
など、生活の大部分を親のために使っていた人もいるでしょう。
親が亡くなると、
悲しみだけでなく、
「明日から何をすればいいのか分からない」
という感覚が生まれることがあります。
介護という役割が突然なくなるためです。
また、
「ほっとした」
と感じる人もいます。
それを、
「親が亡くなって安心するなんて、自分はひどい」
と責める必要はありません。
親の死を悲しむ気持ちと、
長期間続いた介護負担が終わった安堵は、
同時に存在することがあります。
7|兄弟姉妹との関係が変わることもある
親が亡くなると、兄弟姉妹との関係が変化することがあります。
葬儀。
遺品整理。
実家。
介護費。
相続。
墓。
法要。
誰が何を担当するのか。
こうした問題をきっかけに、
それまで見えなかった家族間の考え方の違いが表面化することがあります。
「自分ばかり介護していた」
「兄は何もしなかった」
「妹だけ親から援助を受けていた」
など、以前からあった感情が死別後に強くなることもあります。
悲しみの中で家族問題まで抱えると、負担は大きくなります。
すべてを感情だけで解決しようとせず、
相続など法的な問題については専門家を利用することも重要です。
8|実家をどうするかという問題
親を亡くすと、
「実家をどうするか」
という問題が出てくることがあります。
誰も住まない。
売却する。
兄弟の誰かが住む。
賃貸にする。
しばらく残す。
さまざまな選択肢があります。
実家は単なる不動産ではありません。
自分が育った場所。
親が暮らしていた場所。
家族の思い出が残っている場所です。
そのため、
合理的には売却すべきだと思っていても、
気持ちが追いつかないことがあります。
法的・経済的に急いで決める必要がなければ、
感情が少し落ち着くまで結論を保留する
という方法もあります。
9|遺品整理は「物を捨てる作業」だけではない
親の家には、
服。
食器。
写真。
手紙。
家具。
趣味の道具。
子どもの頃の作品。
家族のアルバム。
など、長い人生の記録が残っています。
遺品整理を始めると、
一つの物を見るたびに思い出が戻ってきて、なかなか進まないことがあります。
それは不思議なことではありません。
例えば、
「残す」
「家族で分ける」
「処分する」
「まだ決めない」
と分類してみる方法があります。
最初からすべてを捨てる必要はありません。
写真や手紙など、後で取り戻せない物は特に慎重に扱った方がよいでしょう。
10|親がいなくなって初めて分かること
親が生きている間は、
「実家に帰ればいる」
「困ったら聞けばいい」
という感覚があった人もいます。
親を亡くした後になって、
「この料理の作り方を聞いておけばよかった」
「昔の親戚についてもっと聞けばよかった」
「家族の歴史を聞いておけばよかった」
と思うことがあります。
親は自分にとって、
家族の記憶を持っている存在でもあります。
だからこそ、親の死によって、
「自分より前の家族の歴史につながる人がいなくなった」
と感じることがあります。
11|自分が「家族の上の世代」になる感覚
両親を亡くしたとき、
「自分が家族の一番上の世代になった」
と感じる人がいます。
それまで、
何歳になっても自分は誰かの子どもでした。
しかし両親がいなくなることで、
「もう自分の上には誰もいない」
と実感することがあります。
それが、
自分自身の老い。
将来。
死。
について考えるきっかけになることもあります。
親との死別は、
故人を悼むだけではなく、
自分自身の人生の残り時間について考える出来事になることもある
のです。
12|親の死をきっかけに、自分の生き方を考える
親を亡くした後、
自分の人生について考え始める人がいます。
「自分はこれから何をしたいのか」
「家族に何を残したいのか」
「自分が死ぬときにはどうしたいのか」
という問いです。
それまで当たり前だった時間に、
限りがあることを実感するからです。
終活を始める。
エンディングノートを書く。
家族と相続について話す。
自分の葬儀について考える。
こうした行動につながることもあります。
ただし、死別直後に無理に人生を変える必要はありません。
考えたいと思ったときに考えればよいのです。
13|親のことを思い出す時間を持ってもよい
故人を忘れる必要はありません。
写真を見る。
親の好きだった料理を作る。
墓参りに行く。
実家へ行く。
親の話を家族でする。
親からもらった物を使う。
そうした行動は、
過去にとらわれているという意味ではありません。
親との関係は、
亡くなった瞬間に完全になくなるものではありません。
物理的には会えなくても、
その人から受け取ったものは自分の中に残っています。
14|「もっと悲しまなければ」と思わなくてよい
親が亡くなったのに、
仕事へ普通に行ける。
友人と食事へ行ける。
笑える。
旅行へ行ける。
そんな自分に、
「薄情なのではないか」
と罪悪感を持つ人もいます。
しかし、人の悲しみの表し方はさまざまです。
ずっと泣いていることだけが悲しみではありません。
普通に生活できることと、
親を大切に思っていたことは矛盾しません。
15|逆に、悲しみが長く続いてもおかしくない
周囲から、
「もう一年たったんだから」
と言われることがあるかもしれません。
しかし、悲しみに明確な期限はありません。
誕生日。
命日。
母の日。
父の日。
年末年始。
お盆。
実家に帰ったとき。
親の好きだった歌を聞いたとき。
時間が経ってから突然悲しくなることがあります。
それだけで、
「立ち直れていない」
と考える必要はありません。
16|日常生活が難しいときは助けを求める
悲しみそのものは、死別に伴って起こり得る自然な反応です。
ただし、
・長期間ほとんど眠れない
・ほとんど食事ができない
・仕事や学校へ行けない
・日常生活を維持できない
・強い自責感が続いている
・アルコールなどへの依存が強くなっている
・自分を傷つけたいと思う
・死にたいという気持ちが続いている
といった場合には、
一人で抱え込まず、医療機関や心理職などへの相談を検討することが大切です。
「これくらいで相談してよいのだろうか」
と我慢する必要はありません。
17|一人で抱えなくてもよい
親を亡くした後には、
悲しみだけでなく、
葬儀。
相続。
遺品整理。
実家。
墓。
法要。
など、現実的な問題も続きます。
家族だけでは対応できないこともあります。
必要に応じて、
家族。
友人。
行政。
遺族会。
カウンセラー。
医療機関。
税理士。
司法書士。
弁護士。
葬儀社。
寺院。
などを利用して構いません。
何でも一人で処理することが、
「親をきちんと見送ること」
ではありません。
18|よくある質問
Q. 高齢の親だったのに、とても悲しいです
年齢と悲しみの大きさは別の問題です。
「十分長生きしたのだから悲しまなくてよい」ということではありません。
何歳であっても、大切な人を失えば悲しみを感じることがあります。
Q. 親が亡くなったのに涙が出ません
涙が出るかどうかだけで悲しみの大きさは判断できません。
実感が湧くまで時間がかかる人もいます。
後から悲しみが出てくることもあります。
Q. 介護が終わってほっとしています
長い介護をしていた場合、安堵を感じることがあります。
それは親を大切に思っていなかったという意味ではありません。
悲しみと安堵は同時に存在できます。
Q. 親の遺品を捨てられません
急いで処分する必要がない物であれば、
「今は決めない」
という選択をしても構いません。
時間を置いてから整理してもよいでしょう。
Q. 親と仲が悪かったので、あまり悲しくありません
親子関係は人それぞれです。
「親が亡くなれば必ず深く悲しむべき」
という決まりはありません。
自分の感情を他人の基準に合わせる必要はありません。
19|親がいなくなっても、親から受け取ったものは残る
親との関係には、
良い思い出だけではないこともあります。
それでも、
言葉。
習慣。
価値観。
料理。
家族の記憶。
自分の名前。
さまざまなものが自分の中に残っています。
親が亡くなったことで、
親子として過ごした時間までなくなるわけではありません。
自分にとって残したいものだけを、
これからの人生へ持っていけばよいのです。
まとめ|親を亡くした悲しみに、一つの正解はない
親を亡くしたとき、
悲しい。
寂しい。
後悔する。
怒る。
ほっとする。
何も感じない。
さまざまな感情が生まれることがあります。
どれか一つが、
「正しい子どもの反応」
なのではありません。
親子の関係は家庭によって違います。
だから、悲しみ方も違って当然です。
大切なのは、
他人と比較するのではなく、
自分と親との関係を、自分なりの形で受け止めていくことです。
■ このページの結論
親を亡くした後のグリーフケアとは、
「親の死を早く乗り越えること」ではありません。
悲しみも、
後悔も、
複雑な感情も、
その人なりの形で受け止めながら、
少しずつ自分の生活へ戻っていくことです。
親を思い出してもよい。
まだ整理できなくてもよい。
そして、
親から受け取ったものを大切にしながら、
自分自身の人生をこれからも生きていく。
それが、親との死別後にできる一つの向き合い方です。
