子どもを亡くしたとき|深い悲しみと向き合いながら生きていくために
子どもを亡くすことは、親にとって非常に大きな喪失です。
幼い子どもであっても、成人した子どもであっても、その年齢によって悲しみの大きさを測ることはできません。
亡くなった子ども自身を失うだけではなく、
「これから成長していく姿」
「一緒に過ごすはずだった時間」
「家族として描いていた将来」
まで失われたように感じることがあります。
そして、多くの親が、
「なぜ自分ではなく、この子だったのか」
「もっと何かできたのではないか」
「自分が守れなかったのではないか」
という思いを抱くことがあります。
しかし、子どもを亡くした後の悲しみに、一つの正しい形はありません。
泣いてもいい。
泣けなくてもいい。
怒ってもいい。
何も考えられなくてもいい。
少し笑える日があってもいい。
子どもを忘れることを目標にする必要はありません。
子どもとの時間を自分の中に残しながら、その親自身の人生をどう続けていくか。
その過程を支えることが、グリーフケアです。
1|子どもを亡くすということ
多くの親は、自分より子どもの方が長く生きることを自然に想像しています。
成長する。
学校へ行く。
働く。
家庭を持つ。
年齢を重ねる。
その姿を見守っていく。
そうした未来を無意識のうちに思い描いていることがあります。
そのため子どもの死では、
「現在の子ども」だけではなく、「その子と過ごすはずだった未来」まで失ったように感じる
ことがあります。
誕生日。
入学。
卒業。
成人。
結婚。
孫の誕生。
本来であれば訪れたかもしれない節目を迎えるたびに、
「この子が生きていたら」
と思うこともあります。
この「未来の喪失」は、子どもとの死別における大きな特徴の一つです。
2|悲しみ方に正解はない
子どもを亡くした親が、全員同じように反応するわけではありません。
激しく泣く人。
声が出ない人。
何も感じられない人。
現実だと思えない人。
普通に仕事を続ける人。
外へ出られなくなる人。
人に会いたくなくなる人。
亡くなった子どもの話を何度もする人。
子どもの名前を聞くだけでもつらくなる人。
どれか一つが「正しい親の姿」ではありません。
厚生労働省の小児医療に関する資料でも、子どもの死後には遺族へのグリーフケアが必要であり、ケアの主体は遺された家族であるという考え方が示されています。
その人、その家族に合った支え方を考えることが重要です。
3|「自分が守れなかった」という罪悪感
子どもを亡くした親に生じやすい感情の一つが、罪悪感です。
「あのとき病院へ連れて行っていれば」
「もっと早く異変に気付いていれば」
「あの日、外出させなければ」
「別の治療を選んでいれば」
「あのとき、もっとそばにいれば」
と、過去の出来事を繰り返し考えることがあります。
親には、
「子どもを守る」
という強い意識があります。
そのため子どもが亡くなると、
実際に親の責任ではない出来事であっても、
「守れなかった」
という感覚が残ることがあります。
しかし、亡くなった後には、結果を知った状態から過去を見ることになります。
当時は知ることのできなかったことまで、
「分かっていたはずだ」
と考えてしまうことがあります。
当時の自分が知っていたことと、今の自分が知っていることは同じではありません。
罪悪感が強いときには、一人だけで答えを出そうとせず、信頼できる人や専門家と整理することも一つの方法です。
4|「自分が代わってあげたかった」と思うこと
「自分が死ねばよかった」
「代わってあげられたらよかった」
と感じる親もいます。
これは、
「親より先に子どもが亡くなる」
という出来事を受け入れにくい中で生じることがあります。
この思いが浮かんだからといって、それだけで異常ということではありません。
ただし、
「自分も死にたい」
「自分を傷つけたい」
という気持ちが具体的になっている場合には、悲しみを一人で抱え続けないことが非常に重要です。
家族や信頼できる人、医療機関などに伝えてください。
自分を傷つける危険が差し迫っている場合には、119番など緊急の支援につながることを優先してください。
5|怒りを感じることもある
子どもを亡くした後、
悲しみだけではなく強い怒りを感じる場合があります。
事故を起こした相手。
病気。
医療機関。
学校。
周囲の人。
配偶者。
自分自身。
社会。
場合によっては、
亡くなった子ども本人に対して怒りを感じることもあります。
「なぜ私たちを残したの」
という思いが浮かぶこともあります。
その後、
「亡くなった子に怒るなんて」
と自分を責めることがあります。
しかし、悲嘆にはさまざまな感情が含まれます。
怒りを感じたという事実だけで、
子どもへの愛情の大きさを判断する必要はありません。
6|何も感じられないこともある
あまりにも大きな出来事に直面したとき、
「悲しいはずなのに何も感じない」
という状態になることがあります。
葬儀の打ち合わせを淡々と進める。
親族に連絡する。
書類を書く。
人と普通に話す。
そうした自分を見て、
「自分はおかしいのではないか」
と思うことがあります。
しかし、悲しみがすぐに表面へ出てくるとは限りません。
葬儀や手続きが終わり、
周囲の人が日常生活へ戻ってから、
突然強い悲しみが出てくることもあります。
7|夫婦で悲しみ方が違うことがある
同じ子どもを亡くした夫婦であっても、悲しみ方は同じとは限りません。
一方は何度も子どもの話をしたい。
もう一方は話すことがつらい。
一方は写真を飾っておきたい。
もう一方は写真を見ることができない。
一方は墓参りへ行きたい。
もう一方はまだ行けない。
この違いによって、
「どうしてあなたは悲しくないの?」
「いつまでその話をするの?」
と、互いに傷つけてしまうことがあります。
しかし、
同じ子どもを愛していたからといって、悲しみ方まで同じである必要はありません。
厚生労働省の流産・死産に関する資料でも、同じ子どもの死別を経験したカップルであっても、父親と母親では悲嘆の表れ方が異なる場合があることが示されています。
相手の反応を、
「愛情がなかったから」
と判断しないことが大切です。
8|兄弟姉妹がいる場合
亡くなった子どもに兄弟姉妹がいる場合、その子どもたちも大切な家族を失っています。
しかし親自身の悲しみが非常に大きいため、
遺された子どもの悲しみまで受け止めることが難しい場合があります。
また、
「残った子どものためにしっかりしなければ」
と、自分の悲しみを押し込める親もいます。
兄弟姉妹の反応にも個人差があります。
泣く。
怒る。
急に甘える。
学校へ行きたくなくなる。
反対に、普通に遊ぶ。
友達と笑う。
一見すると以前と変わらない。
こうした反応が見られることがあります。
子どもは大人とは違う形で悲嘆を表す場合があります。
「遊んでいるから悲しくない」
とは限りません。
年齢に合わせて事実を伝え、
質問できる環境をつくりながら支えることが大切です。
9|亡くなった子どもと兄弟姉妹を比較しない
遺された子どもに対して、
「あなたがいるから生きていける」
と感じることは自然なことです。
しかし、
「あなたの分まで亡くなった○○の分も頑張って」
「○○ならこうした」
など、
亡くなった子どもの人生まで背負わせないことが重要です。
遺された子どもには、
その子自身の人生があります。
亡くなった兄弟姉妹を大切に思うことと、
自分自身の人生を生きることは両立します。
10|子どもの部屋や遺品をどうするか
子どもの部屋。
服。
学校用品。
おもちゃ。
本。
写真。
スマートフォン。
作品。
プレゼント。
家の中には、その子が生きていた時間が残っています。
亡くなった後、
「そのままにしておきたい」
と思う人もいます。
反対に、
「見るのがつらいので片付けたい」
という人もいます。
どちらが正しいということではありません。
急いで処分する必要がないものについては、
「残す」
「家族で分ける」
「処分する」
「今は決めない」
という選択肢があります。
遺品を残すことも、手放すことも、子どもへの愛情を測る基準ではありません。
11|写真を飾り続けてもよい
「いつまでも写真を飾っていたら、前へ進めないのでは」
と心配する人もいます。
しかし、
写真を見る。
子どもの名前を呼ぶ。
思い出を話す。
好きだった料理を作る。
誕生日を覚えている。
墓参りをする。
子どもが好きだった場所へ行く。
こうした行為そのものが問題なのではありません。
亡くなった人との関係を心の中で保ちながら生活を続けるという考え方も、現在のグリーフケアでは重視されています。
大切なのは、
「忘れたかどうか」
ではなく、
その人自身の日常生活がどのような状態にあるか
ということです。
12|誕生日や命日がつらくなることがある
子どもの誕生日。
命日。
入学するはずだった春。
成人するはずだった年。
家族旅行をしていた季節。
クリスマス。
年末年始。
こうした日には、時間が経過していても強く子どもを思い出すことがあります。
「もう何年もたったのに」
と自分を責める必要はありません。
その日は、
家族だけで静かに過ごす。
墓参りをする。
花を飾る。
子どもの好きだったものを食べる。
予定を入れない。
普段通り仕事をする。
どの方法でも構いません。
13|他人の何気ない言葉がつらいこともある
周囲の人は励ますつもりで、
「若いからまた子どもを持てるよ」
「まだ他の子がいるから」
「いつまでも悲しんでいたら、亡くなった子も悲しむよ」
「時間が解決してくれる」
などと言うことがあります。
しかし、こうした言葉が遺族を傷つける場合があります。
別の子どもがいることによって、
亡くなった子どもの存在が置き換わるわけではありません。
これから子どもを持つ可能性と、
亡くなった子どもを失った悲しみも、
別の問題です。
周囲の人は、
無理に意味付けをしたり励ましたりするより、
「話したくなったら聞くよ」
と、その人の気持ちを尊重する方が支えになる場合があります。
14|他の家族を見るのがつらくなることもある
公園。
学校。
スーパー。
SNS。
テレビ。
街中。
同じくらいの年齢の子どもを見るだけでつらくなることがあります。
友人の子どもの成長を素直に喜べない自分に、
「こんなことを思ってはいけない」
と罪悪感を抱く人もいます。
しかし、
他人の幸せを願うことと、
自分の喪失によって苦しくなることは別の感情です。
つらい時期には、
SNSから距離を置く。
子どもの多い場所を避ける。
誘いを断る。
という選択をしても構いません。
自分を守るために、一時的に距離を置くことがあります。
15|仕事へ戻る時期にも正解はない
すぐ仕事へ戻る方が気持ちが落ち着く人もいます。
長期間仕事を休む必要がある人もいます。
職場へ行って普通に働けても、
帰宅した途端に崩れるように泣くこともあります。
仕事ができるから悲しみが小さいわけでも、
仕事ができないから弱いわけでもありません。
可能であれば、
勤務時間。
仕事内容。
休暇。
周囲への説明。
について勤務先と相談する方法もあります。
16|「楽しい」と感じたとき、自分を責めなくてよい
死別から時間が経つと、
料理がおいしい。
友人との話で笑った。
旅行を楽しんだ。
映画がおもしろかった。
という瞬間が生まれることがあります。
その直後、
「子どもがいないのに、自分だけ楽しんでいいのか」
と苦しくなることがあります。
しかし、
親が笑ったからといって、
子どものことを忘れたわけではありません。
子どもを愛し続けることと、親自身が楽しい時間を持つことは両立します。
自分が生きることを、子どもへの裏切りと考える必要はありません。
17|「立ち直る」という言葉に縛られなくてよい
子どもとの死別では、
「いつになったら立ち直れるのか」
という問いそのものが苦しくなることがあります。
元の生活へ完全に戻ることができないと感じる人もいます。
その場合、
「元に戻る」
ことを目標にしなくても構いません。
子どもを亡くした経験を持った自分として、
新しい生活をつくっていく。
悲しい日は悲しむ。
穏やかな日は穏やかに過ごす。
笑える日は笑う。
思い出した日は子どものことを考える。
そのように生活が続いていくことも、一つのグリーフの経過です。
18|周囲の人ができること
子どもを亡くした親に対しては、
「何と言えばよいのか分からない」
と感じる人も多いでしょう。
無理に適切な言葉を探す必要はありません。
「何と言えばいいか分からないけれど、あなたのことを気にかけています」
という気持ちを伝えることもできます。
また、
食事を届ける。
買い物をする。
兄弟姉妹の送迎を手伝う。
役所への手続きに付き添う。
連絡役を引き受ける。
など、
具体的な生活支援が助けになることもあります。
死別直後だけでなく、
数か月後。
子どもの誕生日。
命日の前後。
などに気にかけることも支援になります。
19|長く強い悲しみが続くとき
悲嘆そのものは、親しい人を亡くした際に起こり得る反応です。
一方で、一部の人では非常に強い悲嘆が長期間続き、日常生活へ重大な影響を及ぼすことがあります。
WHOのICD-11には「遷延性悲嘆症」が含まれており、強い故人への思慕や悲嘆によって生活機能に大きな支障が生じる状態について、専門的な評価や支援が必要になる場合があります。
国立精神・神経医療研究センターでも、親しい人との死別後に悲嘆症状が長引く状態について研究が行われています。
例えば、
・ほとんど眠れない状態が続いている
・食事をとれない
・日常生活を維持できない
・強い罪悪感から抜け出せない
・人との接触を完全に避け続けている
・アルコールなどに強く依存するようになった
・自分を傷つけたい
・死にたいという気持ちが強い
といった状態がある場合には、医療機関や心理職など専門家への相談を検討してください。
悲しみが長いという期間だけで判断するのではなく、
「現在の生活がどの程度損なわれているか」
を見ることが大切です。
20|流産・死産・新生児との死別
妊娠中や出産前後に子どもを亡くした場合も、その悲しみを小さく考えることはできません。
「まだ一緒に暮らしていなかったから」
「妊娠初期だったから」
と、周囲から十分な悲しみとして理解されないことがあります。
しかし厚生労働省の資料では、流産・死産による悲嘆の強さを妊娠週数だけで区別することはできず、怒り、後悔、罪悪感、不安など多様な感情や、長期的な心理・身体的反応が生じ得ることが示されています。
流産や死産については、それぞれに特有の身体的・心理的問題があるため、別に詳しく扱うことが大切です。
21|よくある質問
Q. いつまで悲しんでいてもよいのでしょうか?
悲しみに一律の期限はありません。
命日や誕生日などをきっかけに、何年経っても悲しくなることがあります。
「何年たったか」だけで自分の状態を判断する必要はありません。
Q. 子どもの物を処分できません
急いで処分する必要がない物であれば、今決めなくても構いません。
「残す」「手放す」「保留する」と分けて考える方法もあります。
Q. 子どもの写真を飾り続けても大丈夫ですか?
写真を飾ること自体が、悲嘆から回復できていないことを意味するわけではありません。
自分や家族が落ち着く方法を選んで構いません。
Q. 夫・妻が自分ほど悲しんでいないように見えます
悲嘆の表し方には個人差があります。
話したい人と話したくない人、泣く人と泣かない人がいます。
見た目だけで悲しみの大きさを判断しないことが大切です。
Q. また笑えるようになったことに罪悪感があります
笑うことと、亡くなった子どもを忘れることは同じではありません。
楽しい時間が戻ってきても、子どもへの愛情が消えたわけではありません。
Q. 新しい子どもを持つことを考えてもよいのでしょうか?
それについて正しい時期や答えはありません。
新しい子どもを望むことも、望まないこともあります。
新しい命を迎えることによって、亡くなった子どもの存在が置き換えられるわけでもありません。
夫婦それぞれの気持ちや身体の状態を尊重しながら考えることが大切です。
22|子どもとの関係は、亡くなったことで消えるわけではない
子どもにもう触れることはできません。
声を聞くことも、
成長を見ることもできません。
しかし、
一緒に過ごした時間。
交わした言葉。
写真。
笑ったこと。
困ったこと。
心配したこと。
その子から教えられたこと。
親になったという経験。
それらまで消えるわけではありません。
子どもが亡くなった後も、
その子の親であった、そして今もその子を大切に思っているという事実は残ります。
無理に忘れなくてよいのです。
まとめ|忘れるのではなく、子どもとの時間を抱えながら生きていく
子どもを亡くした悲しみについて、
「いつになったら終わるのか」
という答えを出すことはできません。
以前と同じ自分に戻れないと感じることもあるでしょう。
それでも、
食事をする。
眠る。
朝を迎える。
家族と話す。
仕事へ行く。
子どものことを思い出す。
ときには泣く。
ときには笑う。
そうしながら、時間は続いていきます。
大切なのは、
子どもの存在を消して以前の人生へ戻ることではありません。
子どもと過ごした時間を自分の人生の一部として持ちながら、自分自身の人生も続けていくことです。
■ このページの結論
子どもを亡くした後のグリーフケアは、
「子どもの死を乗り越えるため」のものではありません。
深い悲しみも、
後悔も、
怒りも、
子どもへの愛情も、
簡単に消す必要はありません。
子どもを忘れずに生きてもいい。
思い出しながら生きてもいい。
そして、
自分自身も生き続けていい。
その人が子どもとの大切な関係を心の中に持ちながら、再び自分の生活を続けていけるよう支えること。
それが、子どもとの死別におけるグリーフケアです。
